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Statement
新しいままごと

「ままごと」とは、炊事・洗濯・掃除・食事など家庭における様々な営みを模倣する子供の遊びである。私はこの「ままごと」という言葉をひろく解釈し、表現手法として追求すべく、いくつかの試みを行ってきた。

幼いころ、ノートの1ページ分にも満たないささやかな台本を書いて、妹や従姉妹を役者に仕立て上げ、無理に劇をやらせたことがあった。親族を観客にして、拙い劇は始まった。家はたちまち舞台に変化し、普段の関係性が一瞬で崩れ去ったように感じられた。ひとたび家庭のなかの秩序を崩して行動を起こすと、そこにはいつもと違う家族との関係性が現れてくる。

私はふだん、他者と接する時は付かず離れずのちょうどいい距離を保つことにしている。それはある種の心地よさを与えてくれる。私にとって人に自分の意見を話したり、思っていることを伝えたり、お互いに感情をぶつけ合ったりすることは、とても恐ろしいことだ。それなのに、どうしても他者の領域に一歩踏み込んで、かき乱したくなる衝動に駆られる時がある。私の中には、他者と関わり合い干渉し合うことに対する漠然とした恐怖があると同時に、渇望があるのだと思う。

一般的に、大人に向けられる「ままごと」という言葉は、稚拙なものや未熟なものに対する消極的な表現としてとられる。しかし、私は積極的な行為としての「ままごと」を試みる。「ままごと」とは、自らの所在を浮き上がらせ社会化する行為であり、家庭のような閉ざされた空間をあたらしい眼差しで捉え直すための実験であり、おそるおそる他者との距離をはかるようなコミュニケーション手段なのである。

今日も私はそんなことを考えながら、家とあそび、家をあそぶ。